大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成6年(あ)698号 決定 1997年11月21日

本店所在地

京都市南区吉祥院中河原里北町一番地

弥栄洲オート株式会社

右代表者代表取締役

万永安男

本籍・住居

京都市右京区御室芝橋町一一番地の一三

会社役員

万永安男

昭和五年三月四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成六年六月二日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人佐賀千惠美の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件とは事案を異にして適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文)

平成六年(あ)第六九八号

上告趣意書

法人税法違反 被告人 弥栄州オート株式会社

同万永安男

平成六年九月九日

右主任弁護人

弁護士 佐賀千惠美

最高裁判所

第三小法廷 御中

原判決は最高裁第二小法廷決定(昭和五四年一一月八日、判例時報第九五二号一三一頁)および最高裁第二小法廷決定(昭和六〇年一一月二五日、判例時報第一一七八号一五五頁)と相反する。

また、原判決は、判決に影響を及ぼすべき、刑事訴訟法第三一七条および法人税法一五九条一項の解釈または適用の誤りがあり、かつ、原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

また、原審では十分な証拠調べが尽くされておらず、証拠に基づかない事実認定や、理由の齟齬ないし不備もある。

一、期首と期末の財産の総額の確定が不可能な本事案で、B/S立証をしている点について。

前記昭和六〇年一一月二五日の最高裁決定の事案では、期首と期末の総額を確定してB/S立証をしたうえ、なおB/S立証が推計の方法であることから、他の要素で合理性を補完している。しかし、期首と期末の財産の総額の確定は、本事案では不可能であり、B/S立証の適用の前提条件がない。

1、弁護人は第一審において、(一)検察官が主張する以外にも把握漏れの預貯金が存在することおよび、(二)既に把握されている預貯金のうち、検察官が法人に帰属すると主張している預貯金は、万永社長個人に帰属するものが多い旨、主張してきた。

2、この主張に対し、

(一) 第一審判決(二六丁裏)は、「以上検討してきたところだけでも、把握漏れの預貯金が存在することは否定できず、これらが被告会社、被告人のいずれに帰属するかの点はともかくとして、右は起訴各期における預貯金等の把握が十分になされていない疑いを払拭できない事情というべきであり、ひいては、預貯金等の帰属についても、他に被告人帰属の預貯金の存在した可能性を否定できないことになる。」としている。

つまり、第一審判決は被告会社または被告人の預貯金の全てが把握されているとはいい切れないことを認めており、この点は、至当である。

(二) しかも、第一審判決は現に把握された預貯金のうち、一部分のみを被告会社に帰属すると認定している。

第一審判決(三九丁裏)は、「本件においては、検察官の右帰属に関する主張をそのまま肯認することができず、他に合理的な方法も存しないので、結局、各期の預貯金等のうち、被告会社の不正な経理処理によって簿外となった利益から入金されたことの明らかな預貯金及び右利益によって購入されたことの明らかな債券については、被告会社に帰属するものとし、それ以外のものについては、一応右簿外資金が流入している疑いのあるものをも含め、すべて会社資産から除外するのが相当である。」としている。

3、原判決(控訴審判決)は、右の(一)および(二)についての第一審判決の真意を曲げて、「原判決(第一審判決)の認定するところでは、原判決が被告会社に帰属すると認定した預貯金等以外には、被告会社に帰属する預貯金等は存在しないのであり、原判決の認定したところがまさに会社資産の実額である。」(原判決八丁裏の五行目以下)とする。

しかし、検察官が、そのほとんどが被告会社に帰属すると主張してきた無記名や仮名の預貯金等は、左記のとおり膨大である(第一審の論告要旨・一一頁)。

<省略>

これらには、検察官主張によると第一審が被告会社に帰属と認定した預貯金と全く同じように、第一審の検第三三号証等の「不正経理分」が振り込まれているものもある。それなのに、なぜ右第一審認定の預貯金「のみ」が被告会社に帰属し、他は「全て」社長個人と言い切れるのか。他は「全て」社長個人との認定には証拠がいる。証拠によって、これは会社帰属、これは個人帰属と線を引く必要がある。多くも少なくもない、会社の財産の実額を確定するためである。

(一)一部のみを会社帰属としつつ他は「全て」社長個人との認定が不可能だからこそ、第一審は一部認定で他にもある可能性があると言っているのである。(二)しかも、会社帰属か個人帰属かは別として、他にも検察官が把握漏れの預貯金があることを第一審は正当に認め、他方、原審はこの点にも目をつぶり、被告人が個人帰属というから個人帰属で良いのだと言っているようである。

しかし、被告人は、第一審認定の預貯金も含め、大部分が個人帰属と主張している。一部分「のみ」が会社で、他の「全て」が個人と、なぜ言い切れるのか、それが「証拠により」明らかにされなければならない。

なぜなら、B/S立証では、一部認定額そのものが抜いた利益でなく、まさに期首と期末の「差額」こそが問題なのである。きっちりとした、期首の額と期末の額が、多くも少なくもない「実額」で認定できない本件では、B/S立証の理論的な前提を欠く。

二、原判決の認定所得額の合理性を基礎づける事実がない点について。

1、前記昭和五四年一一月八日の最高裁決定では、推計の方法であるB/S立証の合理性を基礎づける一つのファクターとして、対比に値する同業者の所得額と同等であることを挙げている。しかし、原判決は同業者の所得額からは全く是認できず、合理性がない。この点でも、右最高裁決定に反する。

2、原判決は、中小企業庁編の「中小企業の経営指標」に基づいて弁護人が算出した、一般的な同業者比準では、原判決の認定所得額が是認できないことは認めている(原判決六丁~七丁)。

しかし、原判決は「同業者といえども、その具体的な業態、事業所の立地条件、事業規模の違い等によって収益力が大きく異なることは公知の事実であり、同業者比率を用いて特定の事業者の所得を推計し、あるいはその所得の申告額や認定額の当否を検証するに当たっては、収益力を左右する右の諸条件が類似する同業者を抽出することが不可欠の大前提である」とし、弁護人の「所論が援用する数値は、このような諸条件をいっさい捨象した全国的な平均値であって、被告会社の所得計算の合理性を判断する基準となり得るものではない」(原判決六丁表一〇行目~六丁裏八行目)とする。

右の言い方で同業者比率による、合理性についての反証を排斥するのなら、検察官が「右の諸条件が類似する同業者を抽出」して合理性の立証を尽くしているとでも言うのだろうか。否、検察官の立証には、同業者の所得に関するものは、何一つない。

原審は、認定額の合理性に関する立証責任が検察官にあるということについての、法理の解釈を誤り、あたかも不合理との立証責任が被告側にあるとの解釈をとっているように思える。しかも、証拠に関する近さという点からも、検察官(国税局や税務署)が「右の諸条件が類似する同業者」についての思料を独占している。弁護人には右資料は全くない。

即ち、検察官(国税局や税務署)は、京都市内の他の同業者のうち、被告会社と同規模で、比較するに適した会社の申告所得の資料を裁判所に提出することは容易である。実際に、税務署が推計課税をされる際に、他の類似会社の何社かの資料を比較のために出されるケースはよくあるわけである。他方、弁護人は、他社の個々的な申告所得の資料は全く手元にない。せいぜい、大きな図書館に行って、全国的な平均資料である中小企業庁編の「中小企業の経営指標」のバックナンバー(起訴年度のもの)を捜して反証するくらいしかできないのである。そして、右資料によれば、原判決の認定所得額は、著しく不合理なのである。

もし、原審が「右の諸条件が類似する同業者を抽出」すれば原審の認定額の合理性を基礎づけられるという確信があるなら、検察官(国税局や税務署)に資料の提出を示唆すればよい。しかし、この点の示唆も全くなされていない。

被告人および弁護人は、「右の諸条件が類似する同業者を抽出」した資料でも、原審の認定額は正当化できないと信ずる。

3、それに、原判決および第一審判決の認定所得額は本人比率(起訴年度後の被告法人の申告所得)と比べても不合理であることは、すでに控訴趣意書で詳述しているとおりである。

(一) 原判決は「起訴にかかる期の被告会社の申告所得は、平均額でその後の期の被告会社の申告所得額と対比しても、いかにも少なすぎる感を否めない」(原判決四丁 一行目~第三行目)という。

しかし、起訴年度が戦後最大の不況期の石油ショック期だったことを、原判決は軽視している。同じ不況の時期(平成の不況)と比べると、左のとおり申告所得は、かえって起訴年度の方が多い。

起訴年度の申告所得

昭和五〇年度 一一九四万六四八六円

昭和五一年度 七一〇万一七七九円

昭和五二年度 四四八万一〇八三円

平成の不況の申告所得

平成二年度 六六五万三六二〇円

平成三年度 一六五万六八〇八円

平成四年度 一五六万一〇六三円

右のとおり、かえって、起訴年度の申告所得額の方が多い。約一六年後の物価上昇による貨幣価値も考慮に入れない、絶対額で比べてすら、右の結果である。

(二) 仮に百歩譲って、申告所得が本人比率で少なめだとしても、それが直ちに、原審認定額が正しいということにはならない。原審認定額は申告額の二・三倍以上もあるので。

原判決も、本人比率の平均より、認定額が多いことを認めている。原判決(五丁表五行目~一〇行目)は「平均認定額は、その後の期の平均申告額と対比して約二割ないし三割八分程度多くなっているが、この比較自体に内在する前記の不確実要素も考えれば、この程度の数値は、原判決の認定額に合理的な疑問を抱かせる事情とまでは言えないところである」とする。

右の原判決の記載は、(1)推計の方法であるB/S立証の合理性の立証責任が、検察官にあるという法解釈を誤っている。(2)刑事判決の謙抑性を考えれば、二割や三割八分も多いなら、認定額が実額を超えない保障のため、少なくともそこまで金額を足切りすべきである。(3)むしろ、起訴年度が石油ショックの時期で、しかも当時の貨幣価値の低さ(その後の物価上昇率)も考えると、以後の平均額より起訴年度の平均額が少なくて当然である。これが逆転して、以後の平均額より起訴年度の認定額が二割や三割八分も多いのだから、合理性がないというほかない。

(三) 原判決(三丁表一行目~五行目)は、以後の申告額の「不確実要素」として、「昭和五三年九月期以後の所得の申告が正当なものであることがその前提であるが、その点については、申告に当たって税務当局から格別の指摘を受けることはなかったということ以上のものはなく」としている。しかし、右認定は証人木村祐一の証言に反し、著しく有利に解されるべきでもある。

三、第一審判決が、被告会社に属すると認定した預貯金について。

1、左記の預貯金は、被告会社に帰属すると認定されているが、その個々の振込額が被告会社に帰属するもの(架空仕入や売上圧縮分など)との認定が証拠に基づいてなされてはいない。なお、左記のうちには無記名債券購入の原資となっているものもあるが、左記の帰属が、即ち、後の無記名債券の帰属を決することになる。

小島明 名義

鈴木一男 名義

辻昭 名義

木村誠次郎 名義

松本芝光 名義

単に、被告人万永の立替金の主張が信用できないから右が被告会社に帰属するというにすぎない。被告会社に帰属することの立証責任は検察官にあるのに、逆転している。

2、また、原判決(一一丁裏二行目~一二丁表三行目)は、鈴木一男名義の預金への振込のうち、一一〇万円は被告会社が社長個人に支払う家賃、五万九五〇〇円は社長個人が被告会社の従業員から受け取るべき家賃とは認めている。

しかし、原判決(一二丁表三行目~一六行目)は、「被告会社の預金口座に被告人個人に支払われるべき資金が一部入金されているからといって右口座そのものが被告人個人のものということにはなら」ないとする。右はおかしな言い方で、明らかに社長個人に属するものが振り込まれているなら、社長個人の口座と推認するのが普通である。少なくとも、他の入金が被告会社に帰属すると認定するには、個々にしっかりとした各証拠に基づく認定がされなければならない。しかし、原判決には個々の入金についての認定はない。一審で立証ずみのとおり右各家賃のほか鈴木一男名義の預金には万永英光の個人車輛売却金二〇万七五〇〇円が入っている。辻昭名義の預金には万永安男の個人車輛売却金七八万三五五〇円が入っている。

3、さらに、百歩譲って、一部の入金分が社長個人のものでも、預金の「全体」は被告会社に帰属すると考えるのであれば、一一〇万円や五万九五〇〇円については、別途、被告会社が社長個人に返還義務を負う金である。被告会社の社長個人への債務が立てられなければならない。即ち、期首と期末の総財産は、右返還債務の額だけ減額されなければならない。

しかし、原判決は右減額を全く行っておらず、不当である。

四、支払手形勘定について。

修繕費を「被告会社」が昭和四九年九月期末までに支払ったことについては、第一審判決も認めているように証拠はない。証拠に基づかない、しかも被告人に不利な認定である。

この点、原判決(一六丁表一行目~四行目)は、「対債権者との関係では、昭和四九年九月期の期末までに支払い済みであったことは所論も争わず、被告人の原審公判廷における供述によっても明らかである」としている。しかし、右供述は、社長個人が被告会社に替わって立替払いしたと言っているだけであり、このことから直ちに「被告会社が」債権者に払ったと認定することはできない。被告会社が払ったのなら、経費になるのだから領収証をとっておくはずだが、被告会社には領主証は存在していない。

五、この他、B/S立証の前提となる左の各勘定についても、証拠によるきっちりした事実認定がない。

黒かばん内の現金

支払手形

六、なお、以下は税理士木村祐一の作成の意見書であるが、本上告趣意書の補充(本書面と一体のもの)として添付する。

<省略>

別紙1

修正貸借対照表

<省略>

修正貸借対照表

<省略>

修正貸借対照表

<省略>

修正貸借対照表

<省略>

別紙2

<省略>

売上仕入調査表(合計)

<省略>

<省略>

<省略>

別紙3

<省略>

<省略>

<省略>

別紙4

不正手段一覧表

<省略>

<省略>

別紙5

法人税申告額

<省略>

<省略>

販売費及一般管理費の明細

<省略>

営業外収益費用・特別利益損失明細

<省略>

税務調整明細

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例